高知地方裁判所 平成5年(わ)243号 判決 1993年10月13日
主文
被告人を懲役三年に処する。
未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。
斧一本(平成五年押第四九号の1)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は、次男の甲野次郎が結婚した昭和三四年ころから次郎の妻の花子と同居するようになったが、昭和六三年ころから、花子が、たまに糞尿を漏らすこともあった被告人の妻の春子に対して、「臭い、汚い」などと言い、被告人夫婦の食事の世話もしなくなって、被告人夫婦と花子の折り合いが悪くなり、被告人と花子が口喧嘩をするなど、険悪な状態が続いて行った。そのため、被告人夫婦は、平成二年二月末ころから被告人の三女の乙川雪子方に同居するなどしていたが、雪子の夫の巌と折り合いが悪くなり、平成四年六月ころ、再び次郎夫婦と同居するようになった。
被告人夫婦と次郎夫婦が再度の同居を始めてからしばらくは特にいさかいもなく、花子も被告人夫婦の世話をしていたが、平成四年秋ころから、花子は、被告人や春子に対して、再び「臭い、汚い」などと言うようになり、被告人夫婦が歩いた後の座敷等を「臭い、汚い」などと言いながら雑巾で拭くなどし、また、被告人夫婦に対して食事等の世話をもしないようになり、さらに、自宅の風呂に被告人夫婦が入ると、「汚い」と怒ったりしていた。そのため、被告人夫婦は自宅の風呂に入ることができないようになり、平成四年一一月からは、二週間に一度だけ公営の老人福祉施設(デイサービスセンター)の風呂に入るようになっていた。被告人は、そうした花子の言動に不快感を持ちながらも、これを我慢しつつ日々を送っていたが、平成五年春ころには、そうした中で怒りが爆発し、花子に対して斧で殴り掛かろうとしたこともあり、そのときは次郎が斧を取り上げ、花子が被告人に謝ったことから事なきを得た。
(罪となるべき事実)
被告人は、平成五年六月二五日午後五時五五分ころ、高知県<住所略>の被告人方において、八畳の居間の被告人が歩いた後を、甲野花子(当時六二歳)が「臭い、臭い」などと何度か言いながら雑巾で拭きはじめたため、それまでの花子の被告人夫婦に対する態度についての不満が重なって激しい怒りが込み上げ、これ程までに親を馬鹿にした花子を絶対に許せない、花子を殺してしまおうと考えて同女の殺害を決意し、「お前もそれほどのことをするなら許さん。ぶったたいちゃお。」と怒鳴り、自宅玄関横の物置から蒔割り用の斧(全長70.7センチメートル、刃体の長さ12.9センチメートル、刃幅7.3センチメートル、刃の厚さ2.6センチメートル、重量1.5キログラム、<押収番号略>)を取って来て、逃げて行く花子を玄関まで追いかけ、右斧でその右側頭部等を数回殴りつけ、よって、同日午後七時五分ころ、同町<住所略>○○診療所において、花子を頭蓋底骨折による脳挫傷により死亡させて殺害したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
罰条 刑法一九九条
刑種の選択 有期懲役刑
未決勾留日数の算入 同法二一条
没収 同法一九条一項二号、二項本文
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書
(量刑の理由)
本件は、被告人が、かねてより折り合いの悪かった同居中の次男の妻に対して、斧で殴りつけて殺害したという事案であるが、その行為は、長年同居していた嫁が許しを乞うたにもかかわらず、これを無視して無防備、無抵抗の相手の頭を何度も斧で殴りつけ、被害者が動かなくなってもなおも殴り続けた上殺害するという執拗かつ残虐なものである。そして、犯行の原因は、嫁の義父母に対する当を得ない扱い方にあって、その動機には同情すべき点があるが、たとえ被害者に行き過ぎた点があり、かつ責められるべき点が多かったとしても、決して命まで奪われなければならない道理は全くないのであって、被告人の行為は短絡的と言うほかなく、また、被害者の兄ら遺族の心情を考慮すると、人一人の命を奪った被告人の責任は極めて重いものである。
一方で、被害者の側にも同居していた老夫婦に対して思いやり、接し方に欠けた点があったことは否めず、落ち度がなかったとはいえないこと、本件犯行そのものは偶発的なものであること、被害者の夫である次郎は寛大な処分を望んでいること、被告人には現在まで何ら前科前歴がなく長年真面目に暮らして来ており、現在では本件犯行を反省し被害者の冥福を祈って供養することを誓っていること、被告人は九二歳と高齢であり、比較的健康体ではあるものの、刑務所内における処遇に多少の不安が残ること、家族には年老いた妻(八九歳)がおり、被告人の一日も早い社会復帰を待ち望んでいるであろうことなど、被告人に有利な事情も認めることができる。
しかしながら、高齢のために処遇上の不安が生じた場合は、むしろ刑の執行停止(刑事訴訟法四八二条二号)の方法により対応するのが筋であり、また、被害者の落ち度や家庭の事情、その他被告人に有利な右の諸事情を十分考慮しても、本件犯行の態様及び結果、殊に人の命が何物にも代え難いことなどにかんがみると、本件を執行猶予に付すべき事案と見ることはできないものというべく、結局のところ、被告人を実刑に処するのもやむを得ないと判断し、主文のとおり量刑したものである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官隅田景一 裁判官久我保惠 裁判官小倉哲浩)